東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)126号 判決 1980年2月19日
原告 株式会社 加美乃素本舗
被告 特許庁長官
主文
特許庁が、昭和五三年六月一三日、同庁昭和五一年審判第五四一号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二当事者の主張
一 請求の原因
(一) 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四七年七月二八日、特許庁に対し、別紙のとおり「加美乃素」の漢字を草書体風に縦書きして成る標章について、第二〇類「家具 畳類 建具 屋内装置品(書画および彫刻を除く。)屋外装置品(他の類に属するものを除く。)記念カツプ類 葬祭用具」を指定商品として、登録第四七七〇二二号商標の防護標章として登録を出願したが、昭和五〇年一一月一〇日付で拒絶査定を受けた。そこで、原告は、審判の請求をし、昭和五一年審判第五四一号事件として審理されたところ、昭和五三年六月一三日付で「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は昭和五三年六月二四日原告に送達された。
(二) 審決理由の要旨
本願標章、その指定商品および登録出願日は前項記載のとおりである。
本願防護標章登録出願に係る登録第四七七〇二二号商標は、本願防護標章と同一の態様より成り、旧第三類「髪油及髪液」を指定商品として、昭和二六年七月二一日登録出願、同三一年二月二〇日登録、同五一年一〇月七日商標権の存続期間の更新登録がなされているものである。
よつて按ずるに、本願標章が登録第四七七〇二二号商標と同一の構成より成るものであること、請求人が該登録商標の権利者であることおよび該商標権が権利存続中のものであることは、商標登録原簿等を調査した結果認めることができる。
しかして、請求人が化粧品メーカーとして著名であることおよび上記登録商標が請求人により、その指定商品中「ヘヤートニツク」について永年使用されてきた結果、現在では請求人の業務に係る商品「ヘヤートニツク」を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていることは認め得るところである。
しかしながら、商品「ヘヤートニツク」と本願標章の指定商品とは、その品質、用途はもとより製造及び取引の系統をも著しく異にし、就業関係にある商品とは認め難いところであるから、今日における企業の多角経営が一般化している点を勘案しても、他人が上記登録商標と同一の商標を本願標章の指定商品について使用しても商品の出所につき混同を生ずるおそれがないものと判断するのが取引の経験則に照らし相当である。
したがって、本願防護標章は商標法第六四条に規定する要件を具備しないものであるから登録することができない。
(三) 審決を取り消すべき事由
審決理由中、本願標章の構成、指定商品、出願日、本願防護標章登録出願に係る登録第四七七〇二二号商標(以下「本件登録商標」という。)の構成、指定商品、登録出願日、存続期間、原告が化粧品メーカーとして著名であり、本件登録商標の権利者であること、本件登録商標は原告によりその指定商品中「ヘヤートニツク」について永年使用されてきた結果、現在では原告の業務に係る商品「ヘヤートニツク」を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていることは、いずれも審決認定のとおりであるが、審決は、商品「ヘヤートニツク」と本願防護標章の指定商品とは、その品質、用途はもとより製造及び取引の系統を著しく異にし、競業関係にある商品とは認め難いことなどからみて、他人が本件登録商標と同一の商標を本願標章の指定商品について使用しても商品の出所につき混同を生ずるおそれがない旨の誤つた判断をし、その結果、本願防護標章は商標法第六四条に規定する要件を具備しないから登録できないとの誤つた結論を導き出しているから、取り消さるべきである。すなわち、
1 防護標章制度の本質は類似商品の枠を越えた商品の出所の混同防止にあり、防護標章登録出願は登録商標の指定商品と同一または類似の商品以外の商品についてなされるものであるから、登録商標の指定商品と防護標章の指定商品が品質、用途において相異なるのは当然であり、また競業関係になるような商品であれば通常の商標登録出願で賄えるであろうから、防護標章登録をあえて得る必要はないはずである。
商標法第六四条にいわゆる「……混同を生ずるおそれがある」とは、(1)商標権者の業務が多角経営をなしうる規模をもつことおよび(2)他人の商品が商標権者の業務において生産、販売または取扱われうるという蓋然性についての一般需要者の認識を客観的標準として、一般需要者が当該商品をあたかも当該商標権者より出たものとして誤認混同をするであろうと客観的に認められる場合をいうのである。そして、右(2)の蓋然性は、結局(1)の業務の規模に関連するものであるから、防護標章の指定商品は、主に商標権者の業務の規模いかんによつて、その範囲が自ら決定されることになる。
したがつて、商品の出所について混同を生ずるおそれがあるか否かは、当該商標権者が防護標章の指定商品を現実に取扱つているかどうかではなく一般需要者の認識を客観的標準として混同を生ずる蓋然性があるかどうかによつてきまるのである。
そこで、商品の出所の混同を生ずるおそれがあるかどうかの検討にあたつては、商標権者の企業活動状況ならびに当該商標態様を参酌しなければならない。
2(1) 原告は、すでに綜合化粧品会社としての歩みを進めていてその商品は多種多様であり、現にヘヤートニツクのほかにヘヤークリーム、ポマード、チツク、香水石けん、歯みがき、香水を販売しており、そのほか電波治療器(第一〇類また第一一類)、乾電池(第一一類)、電子美顔器(第一一類)、長壽帯(第一七類)、ラジウム放射陶枕(第一七類)、胃腸薬(第一類)、肝油(第一類)、消炎鎮痛剤(第一類)、温灸器(第一〇類)、梅のエキス入り飲料(第二九類)を販売してきており、さらに年間巨額の宣伝費を費すとともに販売促進のためのサービス商品として風鈴(第二〇類)、化粧具セツト(手鏡、第二〇類)その他本願の指定商品に係る商品を頒布している。将来とも多角経営の幅は更に拡大する可能性がある。
多角経営の盛んな今日、化粧品会社が家具類の製造販売をすることになんらの不思議もないのであつて、化粧品会社である株式会社資生堂が第二〇類に防護標章登録を受けていることや、同じく株式会社キスミーコスメチツクスの使用する商標「キスミー」が第二〇類に防護標章として登録されている事実がこのことを示している。
原告は、すでに第一九類を指定商品とする防護標章登録をうけているが、「類似商品審査基準」(特許庁商標課編集)によれば、第一九類の商品中「加熱器」、「ガス湯沸かし器」は、第二〇類の商品中「火ばち」、「ガスストーブ」にそれぞれ類似するとされている。
(2) 化粧品は日常生活に密着した消費財で一般需要者の関心も高い商品であり、その使用に当つても身近におくとか、鏡台、洗面台などやその近くにおくのが常であるところ、第二〇類に属する商品には鏡台、洗面台、などが含まれ、その他の家具、建具等も日常生活に密着した商品であることはいうまでもないから、化粧品と第二〇類の商品の間には共用関係があるということができ、登録商標が他人により第二〇類の商品に使用されれば出所の混同を来し易い。
(3) さらに、「加美乃素」の表示は、著名商標であるとともに「加美乃素」本舗がそのあらゆる製品に「加美乃素」本舗の商品であることを表示するために共通して使用する社標である。社標は自他商品識別の標識であるというよりその商品の生産者であること、または取扱業者であることを表示するものとして社会的に認識されている。社標は、「〇〇会社製」と文字で書き表わしたのと同一の効用をもつものである。故に他人が第二〇類に属する商品家具について「加美乃素」の表示を使用するときは、第三者が該商品は「加美乃素本舗」の製造または販売に係るものと認めることは当然である。
また、登録商標「加美乃素」の態様は「美しさを加える素」という極めて特異な漢字の組合わせであり、その外観もまた草書体風に縦書きした特長のあるものであるから、他人が登録商標と同一の商標を本願防護標章の指定商品に使用した場合はその商品の出所につき混同を生ずるおそれがあるというほかない。
3 以上のとおりで本願防護標章の指定商品について他人が本件登録商標を使用するときは、商品の出所が混同するおそれが生ずるといわなければならない。
二 被告の答弁と主張
(一) 請求の原因(一)および(二)は認める。
(二) 請求の原因(三)について
審判請求が成り立たないことは審決理由の示すとおりであり、審決に誤りはない。
1について
防護標章登録は、それに係る登録商標の権利者の業務と全く関係がなく、一般人も出所の混同をすることが考えられないような商品についてまで認められるわけではない。
そこで、審決は、商品「ヘヤートニツク」を主体とする頭髪用化粧品の製造、販売に係る化粧品会社である原告会社の業務においても本願防護標章の指定商品である家具等(第二〇類に属する商品全部)が製造、販売または取り扱われうる蓋然性あるものとして、一般人に認識されるかどうかについて、需要者の一般的な注意の程度に照らし、商品「ヘヤートニツク」と「家具等(第二〇類に属する商品)」との関連性と前記登録商標の著名度とを勘案して、家具等(第二〇類に属する商品)についてまで出所の混同を生ずるおそれがある程度のものではないと判断したものである。
2について
原告会社は、一般的には「ヘアートニツク」を主体とする頭髪用化粧品会社としての認識が生じているというにすぎないのであり、たまたま原告会社が現に化粧品以外の商品を製造、販売している事実があるとしても、その事実のみをもつて原告会社が一般世人に多角経営の企業として認識、理解されているとはいえないし、他の要因、たとえば、前記企業イメージから脱皮するため、新製品を開発し、他の産業分野への進出が期待されているとか、子会社を設立したとか、資本金が急激に増大しつつあるとか等の客観的事情は現存しない。
また、かりに、原告会社が販売促進のためのサービス商品として、たとえば、たまたま「風鈴」を頒布したことがあつたとしても、それは原告会社の取り扱いにかかる商品(頭髪用化粧品)とは何ら関係のない商品であり、販売商品でないことは明らかである。サービスのための商品は、通常の商取引の実際にあつては、一般需要者をして、原告会社の業務に係る商品としては認識されないとみるのが当然である。
また、一般的に、化粧品会社が現実に家具等(第二〇類に属する商品全部)までも製造、販売している事例も見当らない。
さらに、第一九類に防護標章登録が認められているからといつて、第二〇類においても防護標章登録が認めらるべきことにはならない。第一九類に属する商品と第二〇類に属する商品とは、前者が家の中で日常使用される台所用品および日用品であるのに対し、後者が家の内外の造作および装飾に使用される建具、畳類および家具、装置品、記念カツプ、葬祭用具であるから、両者は、われわれの日常生活における物品としての形態、種類、性質、用途、用法等を著しく異にするものであり、その製造、販売の系統を異にするのが通例であるから、両者の間には何らの関連性も見出しえないものである。
本件の場合、本件登録商標がその指定商品の需要者間に著名であるとしても、他の非類似の商品の取引者、需要者を含む国民の大多数の人々が「ヘアートニツク」の商標といえば本件登録商標を想起するほど極めて著名なものとは認められないばかりでなく、原告会社は、一般的には「ヘアートニツク」を主体とする頭髪用化粧品会社としての認識が生じているというにすぎない。
また、当該登録商標の態様いかんは、直接には防護標章の登録が認められるべきかどうかの判断の理由とはなりえないものである。
理由
一 請求の原因(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について検討する。
(一) 本願標章の構成、指定商品、出願日、本願防護標章登録出願に係る登録第四七七〇二二号商標の構成、指定商品、登録出願日、存続期間の更新登録日が審決認定のとおりであること、原告は化粧品メーカーとして著名であり、本件登録商標の権利者であること、本件登録商標は、原告により、その指定商品中「ヘヤートニツク」について永年使用されてきた結果、原告の業務に係る商品「ヘヤートニツク」を表示するものとして需要者の間に広く認識されていることは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) 本件の争点は、他人が本願防護標章の指定商品について本件登録商標を使用することによりその商品と原告の業務に係る本件登録商標の指定商品との間に出所の混同を生ずるおそれ、すなわち他人の商品が原告の業務に係る商品と誤認されるおそれがあるかどうかである。
1 審決は、商品「ヘヤートニツク」と本願防護標章の指定商品との間に競業関係が認められないことを出所の混同を生ずるおそれの有無の判断における決め手としていることは、審決理由から明らかである。
たしかに、登録商標の指定商品と防護標章の指定商品の間に出所の混同が生じ易いのは、商品自体またはこれを取扱う営業主体の間に同種性があつて、程度はともあれ競業関係にある場合が多いとはいえる。
しかしながら、問題は一般需要者取引者が両商品の出所をどう認識するかであるから、登録商標の商標権者がその指定商品と同種性のない防護標章の指定商品の分野に未だ進出せずその商品については未だこれを取扱う営業主体と競業関係がなくとも、多角経営を行つている等のため、他人が防護標章の指定商品に商標権者の登録商標を用いた場合に一般需要者取引者からは商標権者の業務に係る商品であると誤認されるおそれがある場合があることを否定できない。
したがつて、本件の場合も、現に競業関係がなくとも、右のような事情があるかどうかを吟味することなく、出所の混同のおそれを否定することはできないことになる。
2 ところで、成立に争いのない甲第五ないし第四六号証、同第五二ないし第五五号証と弁論の全趣旨をあわせれば、原告の前身は昭和七年に個人営業の頭髪剤専門メーカーとして発足したが、昭和二八年会社組織として業域を拡げ、近年は綜合化粧品会社への途を歩み、現在(審決時)、養毛毛生剤および皮膚薬強力カミツクスならびにその他医薬品の製造販売、医薬部外品の製造販売、化粧品の製造販売、医療器具の製造販売、不動産の売買ならびにその管理、レジヤー産業の経営、前各号に附帯する一切の業務を会社の目的とし、資本金は一億三四〇〇万円であること、現在までに発毛促進剤、化粧品、練歯磨、石鹸のほか、電波治療器(第一〇類)、乾電池(第一一類)、電子美顔器(第一一類)、長寿帯(第一七類)、ラジウム放射陶枕(第一七類)、漢方胃腸薬(第一類)、温灸器(第一〇類)、梅のエキス入り飲料(第二九類)を製造販売して来ており、多角経営の分野が拡大される傾向にあること、多年巨額の費用を投じて新聞、ラジオ、テレビ等で本件登録商標を付した原告の商品について広告宣伝をしてきたことが認められ、これらの事実と、本件登録商標は原告の商号「加美乃素本舗」と「加美乃素」の部分で共通していて、しかもその構成からみても独特のもので、もし他人が用いた場合も原告が用いたと認識されやすいこと、本願防護標章の指定商品である第二〇類の商品には鏡台、手鏡など化粧品と共用関係にあるものが含まれていること、他の化粧品会社も多角経営化の途を辿つておりすでに第二〇類の商品について防護標章登録を得ているものもあること(このことは成立に争いのない甲第四七ないし第五一号証と弁論の全趣旨により認められる。)、今日企業の多角経営が一般化していることは周知であることをあわせると、他人が本件登録商標を本願防護標章の指定商品に使用すれば、その商品は一般需要者取引者により原告の業務に係る商品であると誤認されるおそれは多分にあるとみるのが相当である。
(三) そうすると、他人が本件登録商標と同一の商標を本願防護標章の指定商品について使用しても商品の出所につき混同を生ずるおそれがないとした審決の判断は誤りであり、審決は取消しを免れないといわざるをえない。
三 よつて、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小堀勇 小笠原昭夫 舟橋定之)
別紙